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  スポ-ツという言葉は、「体を動かしてする運動競技」と言う意味が正しいらしい。だから、結構楽しいことのように思えるし、欧州や米国では遊びと言った意味でも使われているから、本質的にはスポ―ツには暴力は相容れない関係にあると思う。

   私は学生時代に柔道家であった父の意志を継ぎ、柔道を志したことがあった。しかし、初日に100回の受け身を強いられ、畳に打ち付けられたことが原因で、直ぐにやめてしまった。私は畳に打ち付けられる痛さに閉口した。今でもこれは暴力だと感じ取っている。

   柔道をやめた私は、翌日から得意の水泳部に所属し、柔道なんか二度とやるものかと心に固く誓ったものだ。しかし、柔道の道に進まなければいけない職場に就職し、恥ずかしながら、有段者となってしまったのである。この意志の弱さ、恥ずかしい限りである。でも、あの受け身の痛さは、苦い思い出として今でも、脳裏に刻まれている。

思うに、柔道の世界は封建的で一種独特のものがあるがこのことは本書では触れない。

柔道は、明治時代に嘉納治五郎先生が柔術を発展させ、柔道と名付け、各流派を統一、[精力善用][自他共栄]を目的としてスポ-ツとしたものである。今では、国際的にも認知された世界に誇れるスポーツとなっている。だから柔道はスポーツである。

嘉納先生は、稽古の重要な要素して「型」、「乱取り」、「講義」、「問答」を掲げ、柔道の持つその暴力性を否定した。その教えは、講道館柔道の理念となり、柔道をする者全てのバイブルとなっている。今回の女子柔道暴力事件はそれを忘れたかのような出来事であった。

暴力に係わった監督らは、必勝を期すために加えた暴力で、許される暴力だと主張していた。しかし、許されるものではなかった。こんなことは、講道館柔道の基本を考えれば、ありえないことであった筈だ。

全柔連では、この事故を踏まえ、改革に取り組んでいるようであるが、東京五輪招致に悪影響を及ぼすようなことにならないのか、心配している。

 

柔道写真

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